Archive for 6月 13, 2014

新刊紹介: ルポ 電王戦

ルポ 電王戦―人間 vs. コンピュータの真実 (NHK出版新書 436)

本書の著者、松本博文さんは、コンピュータ将棋選手権ネット中継を長年にわたって担当し、世界コンピュータ将棋選手権の模様をリアルタイムで伝えてきた人です。前世紀からいち早く「ネット中継」というスタイルを確立した将棋観戦記者の先駆けとしての経験を足掛かりに、コンピュータ将棋史の決定的な場面をこのブログで伝え、そしてそれらが本書にも記されています。加えて、あるときは日本将棋連盟のインサイダー、あるときは2年続けて「100万円チャレンジ」にてコンピュータ将棋をあと一歩まで追い詰めたプレイヤー、すなわち本書の重要人物としてたびたび著者自身が登場して読者を驚かせます。

しかし本書は「見聞録」や「漫遊記」ではなく、第24回世界コンピュータ将棋選手権のドラマからわずかひと月の興奮を伝える、おびただしい数の登場人物たちが怒涛のごとく描かれた「ルポ」です。特にコンピュータ将棋の開発者やその周囲を入念に取材し、技術的な記述も正確です。一方で、大山康晴、升田幸三の昭和の名棋士が遺した言葉を引くなど、コンピュータ将棋が半世紀近く、いかにしてプロ棋士と電王戦を争えるまでに強くなり続けたか、がプロ棋士や著名人の目を通して立体的にわかるお得な1冊にもなっています。そして、渡辺明竜王(当時)対Bonanza清水市代女流王将(当時)対あから2010の対戦を経て、多くの人々が抱いた百人百様の思いを束ねた米長邦雄永世棋聖の決断に導かれ、第1回第2回第3回の電王戦にて、計11局の過酷な、ゆえに歴史的なプロとコンピュータの戦いが繰り広げられます。

コンピュータ将棋選手権ネット中継では、著者は写真と局面図をふんだんに使って世界コンピュータ将棋選手権をリアルに伝えていますが、本書ではあえてそれらを封印して文字だけで全頁を書き切っています。それだけに立ち止まるきっかけがないまま一気に読み進めてしまうこと請け合い。コンピュータ将棋の開発者や熱心なウォッチャーの皆さんなら、場面が次々に脳裏に浮かんですらすらと読めるでしょう。人類とコンピュータの対戦はいかにあるべきか? あとがきの『本書は…』の筆者による総括を目にしたとき、誰もがそのテーマを語るにふさわしい論客となっているでしょう。

Comments (1)