謹賀新年: コンピュータ将棋はネット社会の先駆

あけましておめでとうございます。2008年も、コンピュータ将棋をよろしくお願いいたします。

多数の著名なブログやネットメディアでも、元旦から新年を記念したエントリが多数読めますね。当ブログでも、お年賀のご挨拶としてそれにあやかってみようと思います。

[コラム] 佐藤康光棋聖とのお正月対談(産経新聞)

こちらで紹介されている、産経新聞紙上の梅田望夫氏佐藤康光棋聖との新春対談(完全版)のサブテーマとなった見出しは、コンピュータ将棋にもあてはまります。

(1)ネットで目的にたどりつけるのは疑問を持つ人だけ

コンピュータ将棋も他の人工知能の諸問題と同様、与えられた目的を達成する手段を見つけることがきわめて困難な題材です。したがってコンピュータ将棋の開発者もまた飽くなき探求心の持ち主であるとともに、飽くなき表現者です。世界コンピュータ将棋選手権が初めて開かれた時代にはまだインターネットはごく一部の研究者にしか使われていないメディアでしたが、コンピュータ将棋開発者はそれ以前から、自らの開発努力で得られた成果を惜しげもなく公開し、共有していました。このオープンマインドが、技術の進歩を加速しました。

インターネットの登場がそれをさらに後押ししたことはいうまでもありません。当ブログのトップページのコンピュータ将棋リンクをご覧いただければわかるとおり、世界コンピュータ将棋選手権出場者の実に半数以上が、ブログをはじめとするWebでの表現手段を自ら有しています。これらが技術の共有をさらに確かなものにし、相互にどのような技術が使われているのかが広く知られるようになり、あるものは他者に学び、あるものは異義を唱え対抗する技術の開発に情熱を燃やしました。そうしてコンピュータ将棋は、ほとんどのアマチュアをしのぐ実力にまで育ちました。飽くなき探求心あってこそ、技術は進歩するのです。

(2)学習の高速道路を抜けるとけもの道

ゲームプログラミングの技術の共有がかなり進み、また開発ツールの進歩などもあって、実はコンピュータ将棋の開発は以前に比べて容易になっています。加えて、読みの量が強さに直結するコンピュータ将棋は、ムーアの法則の呼び名で知られる半導体技術の進歩がストレートに反映されました。コンピュータの性能が日々向上していることは誰もが知っていますが、 それがコンピュータ将棋ほどアプリケーションの向上に直結している事例はほとんどないでしょう。羽生二冠王が比喩したことで知られる高速道路の整備に加え、道路を走る車自体がかつて想像しえなかったほどのスピードアップを今なお達成し続けているのです。

そんなコンピュータ将棋でさえ、けもの道を歩む人間のトッププロにはまだまだかなわないことが、まさに対談で語られています。この話題の締めくくりとして、「棋士の指す将棋とコンピューターのそれとでは、目指すものがまったく違うわけで、強さを比べることに意味はないのです」と語られていますが、いえいえ少なくともコンピュータ将棋開発者にとっては、渡辺竜王vsボナンザに代表される人間のエキスパートとの対戦には大きな意味がありましたし、これからもさらに大きな意味を持ってくるはずです。なぜなら…

(3)一面的な「ネットと格差」議論

個々のコンピュータ将棋開発者にとって、コンピュータのトップレベルに達した、というだけでは、単なるお山の大将と見分けがつきません。高速道路論でいえば、大渋滞にあえぐ車のひとつで終わってしまう、すなわち進化の限界の内側に自らを閉じ込めてしまうことになりかねません。2005年、2006年のボナンザ・ショックは、まさに従来の価値観にない強さを他のコンピュータ将棋に見せつけるとともに、強くなるための新たな可能性を提示しました。

コンピュータ将棋の将来に取り込まれるべきショックをもたらしてくれる最大の、そしてもっとも身近な存在が、人類の英智です。整備されたコンピュータ同士での切磋琢磨の舞台から、人智に挑むというけもの道に乗り出すことこそ、従来の殻を突き抜けた強さを身につける、またとないチャンスなのです。

ネットの登場以前から培われていたコンピュータ将棋の開発者同士の交流も、コンピュータ将棋を強くするという共通の価値観のもとに意気投合しつつ、少しずつ相異なるアルゴリズムへの価値観を切磋琢磨させることによって進化を続けています。コンピュータ将棋の重要な技術をもたらしたのは、必ずしもトップレベルの強さを誇る開発者ばかりではありません。ですからその価値観は強さによる格付けだけではありません。それは、まさに多様な価値観を梃にしたネットの進化モデルの先駆といえます。

(4)ネット性善説

ソースコードが公開されている将棋ソフトが多数あることなどからもわかるように、対談中で語られているオープンソースなどによってもたらされるオープンマインドの成果は、もちろんコンピュータ将棋の世界にももたらされています。先述したような価値観を共有したコンピュータ将棋のコミュニティは、その効能が広く理解される以前から、コンピュータ将棋の世界で成立していました。そしてコミュニティは、これからも多くの成果を生み続けるでしょう。

今年もまた、当ブログのネタに困らない1年でありますように。

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