名人戦第六局の大逆転劇を見て、コンピュータ将棋でまれに見られる終盤の逆転パターンを思い出しました。相手玉を必至に追い込むと読み筋の末端の評価値がすべて必勝になって区別がつかなくなり、かえって手の選択が雑になってしまい、相手の王手ラッシュに対してたまたま選んだ応手の水平線の下に頓死や必至逃れの筋が潜んでいた…というケースです。
そのくらい衝撃的な大逆転でした。最近のコンピュータは、同じ勝ちでも波乱が起きにくい局面の評価を上げるなどのノウハウが、特に上位のソフトで抜け目なく実装されていると思われ、この手の逆転は起きにくくなっていると思いますが、そのような辛いテクニックを知り尽くしているはずの人間の名人にも、このようなことがあるのですね。
名人戦七番勝負は、近年でも53期第一局、54期第五局、55期第六局、57期第六局、60期第三局など、終盤での大逆転が意外に起きやすい舞台なのですが、今回の大逆転はこれらを大きく超越しています。先手勝勢になってから逆転するまでの先手・後手の指し手の選ばれ方が奇跡的で、天文学的な低確率でしか起こりえない事故が永世名人誕生(するはず)の大一番で起きてしまった、という印象です。プロなら終局の20手以上前に投了してしまう確率が8割を超えそう。プロ棋士のブログ(渡辺竜王、森信雄六段、片上五段、遠山四段など)で衝撃を伝える声が多いのもうなずけます。
特に122手目の△2五歩は、何故指せたのか説明困難な手ですが、郷田九段の局後のコメントからして、一縷の望みがあるとしたらこの形にして△4六桂を打つしかない、 という読みがあったのかもしれません。だとしたら、これはコンピュータが真似できそうにない凄い技術ですね。