(1ページ目)(前略)ならば、カスパロフが「ディープ・ブルー」に敗れたチェス界の大事件に相当する「Xデー」が、将棋の世界にも訪れる日が来るのか。来るとすればいつなのか。そんなこともそろそろ考えはじめるべき時期に来ているのだ。(中略)
産経新聞7月26日朝刊に掲載された、梅田望夫氏による第80期棋聖戦第5局の観戦記の一節です。
「Xデー」については、以前ご紹介した将棋世界2009年1月号をはじめとして将棋の専門メディアでも語られており、すでにタブーではありません。しかし、新聞観戦記の主たるテーマになったのは初めてではないでしょうか。
この新聞紙上向けの観戦記は、MSN産経ニュースのサイトで対局と並行して更新が続けられた、梅田望夫氏のリアルタイム観戦記の内容を踏まえています。棋聖戦3度目のウェブ観戦記となった第5局では、第19回世界コンピュータ将棋選手権を制したGPS将棋がリアルタイム検討陣に加わり、勝又清和六段の采配の下でフル回転していました。コンピュータの読みと実際の指し手の比較を主軸に書き進められた、恐らく将棋のタイトル戦史上初めての試みの舞台となった本局は、羽生棋聖がコンピュータの及ばない秀逸な構想力を見せつけ、完勝で棋聖位防衛を果たしました。そこに現れた、コンピュータと超一流棋士の鮮明なコントラストは、そのまま「Xデー」をめぐる論点に直結していきます。
梅田望夫氏がリアルタイムで伝えた興奮と、その総括としての新聞紙面向け観戦記には、人間対コンピュータのあらゆる論点があります。腕自慢の方には特に、指し手と論考を何度も読み返してその差異を味わっていただきたいと思います。
観戦記は以下のように結ばれています。
(中略)(3ページ目)今後10年のうちに、コンピューターと人間の最高峰の対決は、将棋界に とって極めて重要なコンテンツになっていくものと思う。そのとき「コンピューターが進歩に進歩を続けて人間の最高峰に挑みながら、紙一重のところで人間が 勝つ」ということが相当長く続く未来を見ることができるのではないか。そしてその過程で、人間の能力の深淵(しんえん)、人工知能の可能性、人間とコンピューターの役割分担といった重要課題をめぐって、さまざまなことを考え得る豊穣(ほうじょう)な機会を、私たちは得るはずである。
もちろん、このような展開はコンピュータ将棋開発者にとっても望むところでしょう。獰猛な野獣のごとき強さに成長したコンピュータ将棋は、読みによって到達できないほどの未来の局面を想定して指し手を選ぶ技術をまだ持っていません。その課題を実際の対局で突きつけられることこそが、コンピュータ将棋にとって最大の進化の原動力となるでしょう。 GPS将棋の金子さんは今回の経験から課題を得て、GPS将棋はtwitterでつぶやき始めました。一方、この第5局のように、人間棋士の構想力がその後の展開を大きく左右するような局面は必ずしも容易に現れるわけではありません。人間には、そのような局面に誘導する、言わば猛獣を手なずける技術が要求されるでしょう。これから、人間とコンピュータがトップレベルで争い、高め合う時代が始まります。否、もう始まっているといってよいでしょう。
なお、コンピュータ将棋に関する梅田氏の「今後10年」の展望は、棋聖戦第1局のウェブ観戦記において、『将棋界は「これからの10年」抜群に面白くなる』第三の理由としてすでに提示されています。そこには第19回世界コンピュータ将棋選手権のこと、オープン化したBonanzaのこと、第19回世界コンピュータ将棋選手権で準優勝に輝いた大槻将棋の大槻さんによる自戦記での言葉が書かれています(各参加者の自戦記については以前のブログ記事をご覧ください)。コンピュータとインターネットの専門家としての梅田氏による橋渡しもまた、高速道路としての貢献を今後も期待します。
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