歴史的名勝負をコンピュータ将棋で検討してみる – advanced将棋の記録

羽生名人の3連勝で開幕し、双方が永世称号を争う空前の大勝負は意外な凡戦で終わるのか、と思われたそのとき、第四局で波乱の終盤戦をきわどく制した渡辺竜王が俄然巻き返し、という展開をみせた第21期竜王戦最終第七局の終盤は第四局に劣らぬ波乱の終盤戦を迎え、再度これを制した渡辺竜王が、プロ将棋の番勝負では史上初めての3連敗からの4連勝で防衛、初代永世竜王の資格を得ました。挙げた2局は、後世の語り草になること間違いなし、逆転また逆転の、誰もが認める名局でした。夢ではないか、現実であって欲しい、という竜王ご自身のコメントもうなずけます。

しかし、何度も逆転しているということを論理的に冷徹に表現すると、それはすなわち双方悪手の応酬があった、となります。論理的といえば、コンピュータ将棋の出番です。指し手のヒント機能と評価関数表示機能を有する某ソフトを使って、第七局の終盤戦でどのように形勢が入れ替わっていたのかを当ブログで調べてみました。興味の中心は、敗着はなんだったのかということ。終局直後の検討では107手目▲2四飛が敗着とされていましたが、ライブ中継のページにて108手目の指し手コメント欄に「(109手目▲7五玉とすれば)どうも詰まない」との渡辺竜王の感想が日付が変わってから追加されており、これを検証しなければなりません。

結論: 109手目▲7五玉なら先手勝ちでした。ただし、現在のコンピュータ将棋の棋力ではこの局面の勝敗を独力で正しく判定するのは不可能です。以下の検討結果は、アマチュア四段の人間1人がコンピュータと協力したadvanced将棋の結果と考えてください。advanced chessはずいぶん前から多くのチェスプレーヤーが研究に導入していますし、将棋でも数年前からプロやアマチュアの間ではコンピュータを活用することは広く行われていますので、当ブログは目新しいことをしているわけではありませんが、一種の実験記録として残す意味はあるでしょう。以下、あまりに複雑なため盤に並べないと読解不可能ですので、あえてブログへの局面の貼り付けは行わず、局面表記は中継ページに譲ります。ひたすら指し手を書いていきますのでご了承を。

109手目▲7五玉で先手玉は詰みません。対して中継ページの指し手コメントにある△3一金では、▲5五角△4四銀打▲同角△同歩に▲2二歩成から全部清算して▲2三銀と捨てて後手玉は並べ詰みです。単純な受けはないので後手は攻めるよりなし。まず△7四銀▲7六玉△7五歩▲同角△同銀▲同玉△7四金打▲7六玉△9四角と攻めますが、このとき▲8五歩の中合がうまい手。次いで△8五同角▲8六玉△8九龍に▲7七玉△7六歩▲6六玉△6九龍▲6七歩で詰まず、先手勝ち。

しかしこれだけでは話は終わりません。いったん詰みをあきらめて▲8五歩を△同金と取る手が後手にあるのです。すなわち△8五同金▲6六玉△7六金▲5五玉△5七龍▲5六歩△4四銀▲同馬△6六龍▲4五玉△4四歩▲3六玉△4五角▲同歩△5六龍▲4六銀△5四龍として先手の攻め駒とともに後手玉の詰めろを消し去ります。△4四銀を▲同馬と取って馬を犠牲に成銀を残すのが先手の急所なのですが、後手も△4五角とさらに強引な手を放って結局成銀も取ってしまいます。

ところが先手も詰めろをほどかれた代償に手駒を増やし、また自玉が広くなっていますので、ここから攻め直す余裕があります。△5四龍に次いで▲2二歩成△4三玉▲2三飛成△3三桂打▲5五銀打と押さえ込んで先手の勝ち筋。さらに次いで後手にも△3五銀▲2七玉△2六歩▲1六玉△4六銀と押さえを外しながら攻める手がありますが、先手玉は詰めろになっていないので、▲3二角△同金▲同龍△5三玉▲6二銀△6三玉▲5四銀△7四玉▲7三銀成△7五玉▲6八香△6七金▲7七金と後手玉をしばって先手勝ち。手順中、▲5四銀や▲7三銀成を△同玉と取ると後手玉が詰みます。

なお上記の馬と成銀を消す手順中、後手には△6六龍に代えて△6三桂と打ち、以下同様に進める手もあります。これだとその後の▲2三飛成の時点で、上記に比べて後手の持駒の桂がすでに6三に打ってある局面になるため、▲2三飛成に対して△5二玉とかわすことになりますが、これには▲9五角と打って、以下先手は後手玉を中段に逃がさないように注意して攻めれば、やはり勝ち筋です。▲2三飛成以後は先手に複数の勝ち筋がありそう。

一番最初の▲7五玉の局面に戻って、いったん△7九龍と回る手もありますが、これには▲7七香とするのがよい手で、以下△7四銀▲7六玉△7五歩▲同角△同銀▲同玉△7四金打に今度は▲6六玉と逃げ、△6八龍▲6七歩△8四角に▲7五歩と受けることができてやはり先手勝ち。△6八龍に代えて△6五歩▲同桂△6九龍▲6七歩△5七角と攻めれば先手玉を追えますが、以下▲5五玉△6五金▲4五玉△4四歩▲3六玉△3五歩▲2七玉△2九龍▲2八銀△3八龍▲1六玉とすれば、後手は先手の攻め駒を王手で外す手立てがなくこれも先手勝ち。先手玉は1筋に逃げ込むと意外に安全なことが多いのです。

ここに記したのは変化のごく一部ではありますが、論理的には109手目▲5五玉が真の敗着。ただし、現実の人間の戦いとして考えると、先手は少なくとも後手に王手で追いかけ回されている間の勝ち筋はほぼ唯一しかなく、一手でも誤れば負けですので、いわゆる指運で▲5五玉が▲7五玉に変わっていたとしても、どちらがより勝つ見込みがあったかというと非常に難しいところです。この局面はコンピュータにとってもあまりに難解で、上記で「以下先手の勝ち筋」としている局面でも正しく形勢判断できなかった局面がいくつかありました。現在のコンピュータ将棋は詰みを読む力こそ人間の追随を許さないものの、必至以前の局面になると急に正解率が落ちてきます。また多くのコンピュータ将棋は読みに現れたすべての局面で深く詰みを読んでいるわけではないため、現局面の何手か後の詰み筋を見逃していることが原因で形勢判断を誤っていることが意外に多く見られます。「最終盤のようにはっきりした結論があるはずの場面はコンピュータの独壇場」と言い切れるほど将棋の終盤は単純ではないことが、この結果からもわかります。

結局この将棋の終盤は何回くらい逆転があったのでしょうか。最終盤からさかのぼって考えてみます。まず、107手目▲2四飛で▲4八飛なら先手勝ちだった、というのが終局直後の検討結果でしたが、上記にみたように▲2四飛でもまだ勝ちだったのでここでは逆転していません。ただし、▲4八飛の方がよりわかりやすく勝てた、とは言えそう。次にその直前の△5五歩。ここでは△7四銀▲5六玉△6五金▲4五玉△6六金と角を外せば後手勝ちでした。これは一見△5五歩のときと同じように▲4八飛の返し技があるように見えますが、そこで△4四銀と出るのが妙手で、後手は先手玉を詰ますか後手玉の詰めろを解くかのいずれかの成果を挙げられるので後手勝ち。したがって△5五歩が逆転の悪手ということになりますが、これは△4四銀が非常に難しい手ですので正着が指せなくても無理ないかも。この時点で後手勝ちということは、95手目▲6六角の妙手が出た後でもわずかに後手勝っていそうですが、これは難しすぎて正確なところはわかりません。▲6六角があってみると94手目△6四歩が結果的に危険な手であったことは確かですが、代わって△7六銀と打っても▲6六銀や▲6六角で入玉含みに粘られると、後手勝てそうではあるものの寄せ切るのは大変そう。次に、88手目△8七角の前に△6九銀と捨てて下段に落とす手がTV中継の解説やこちらのブログに触れられていますが、△6九銀▲同玉△8七角▲6八玉(または△4七角▲7九玉)△6五角成のときに▲2二銀△3二玉▲3三銀成△同金▲4八飛で後手玉に詰めろをかける返し技があって難解。また、考えにくい手ですが△6九銀に▲6八玉と逃げる手もあり、王手龍取りをかけ損なうと後手まずいかも。王手龍取りがかかる前はむしろ先手良さそうで、やはり一番明快そうなのは81手目▲6一飛に代えて▲2二銀△同銀▲同歩成△同玉▲2三銀△3一玉までを決めて(▲2三銀を取ると詰み)それから▲4八飛と手を戻す(もしくは▲2四角と出る)順。

こうしてみるとやはり全体的に難しく、大逆転劇かと思われた両雄の終盤は見た目ほど乱れていない、といえそうです。ただ、81手目▲2二銀と、107手目▲4八飛は、コンピュータがあまり時間をかけずに読めていることを考えても比較的見出しやすかったと思われ、羽生名人にとってはこれらを両方とも逸したのが惜しまれます。

以上、強いコンピュータ将棋ソフトがセコンドについていれば素人でもここまでできる、ということを示すために、あえて長い記事を書いてみました(とはいっても変化のごく一部しか書いていません)。将棋ソフトを持っているがまだ検討に使ったことがない、という腕自慢の棋客は一度お試しあれ。さしあたって竜王戦第七局のほか第四局がやはり調べがいがあります。また当ブログの検討結果に疑念があるという方は、ぜひ第七局の追試を。第四局についてはこちらのブログにかなり詳しく書かれていますが、当ブログでもこれを踏まえて改めて第四局をコンピュータ検討してみたところ、また新たな理解が得られました。さすがに強いコンピュータ将棋は人間の素人よりもずっと多くの手が読めますが、手の組み立て方や大局観には人間にもまだまだ太刀打ちできる部分があり、その部分で手を貸してやることによってよりレベルの高い検討ができます。当ブログ主もよりハイレベルな将棋の醍醐味を味わうことができ、非常に勉強になった手ごたえがあり、今やadvanced将棋は上達法としても使える時代になったと感じます。ただし、「ソフト指し」が禁止されているネット将棋サイトで指すときにコンピュータに考えさせるのはやめましょう。

追記: 将棋世界2009年3月号竜王戦第七局の詳報が掲載されました。解説の詳細についてはコメント欄にて。

4 Comments »

  1. 読売新聞の将棋欄に、竜王戦第7局の小暮克洋氏の観戦記が掲載され、そこには「▲7五玉が敗着」という正しい結論が書かれていました。裏づけとなる変化については、きわめて難解であることを示唆する表現があったものの、詳細については割愛されていました。新聞の将棋欄のスペースではやむを得ませんね。

  2. 107手目▲2四飛に代わって▲2二歩成△同銀▲同馬△同玉▲5五角として7三の金を抜く、という選択肢も先手にはありました。以下△3三銀▲7三角成△5七龍▲2三歩△同玉▲5六歩△8七角▲7四玉△5四角成▲1一金△1二銀▲8三玉…あたりが変化の一例。ただし先手はひとつ間違えると入玉すらできず、また単に入玉しただけでは2八の飛と取られ持将棋で駒数負けしそうなので、後手玉への寄せをちらつかせつつ玉を安全にしていく必要があります。この変化も非常に難解。▲4八飛の方が明快です。

  3. 将棋世界2009年3月号に、109手目▲7五玉の後、△7九龍▲7七香△7四銀▲7六玉△7五歩▲同角に△3一金▲8四銀で難解、という渡辺竜王の感想がありますが、▲8四銀に代えて▲1二銀△5二金▲5三歩△2四銀▲5二歩成で先手勝ちでしょう。後手は飛を持っても△7五銀▲同玉△8四角▲7六玉△7五飛▲6七玉…以下わずかに先手玉を詰ませられないようです。上記手順中▲1二銀に△2四銀は、▲2二歩成△同金▲同馬△同玉▲2三歩△3三玉▲4五桂以下詰み。また▲5三歩に△6二金なら▲6四角と出て、金を入手すれば(2四の飛を取られても)▲2二馬からの詰み筋があるのでやはり先手勝ち。

    もうひとつ、126手目△1四歩について、「1五に逃げられると先手玉が寄らないので△1四歩は仕方ない」という渡辺竜王の感想がありますが、実は△1四歩に代わって△1五桂▲同玉△2七龍で明快な必至でした。

  4. 81手目▲2二銀には△同銀▲同歩成△同玉▲2三銀△3一玉▲4八飛△3二金打で、先手良しだが勝つまでは大変、という宮田五段の説も将棋世界2009年3月号に書かれていますが、以下▲5四銀成△2三金▲5三成銀△同金▲5一飛…という筋で迫れば、先手がかなり手堅く勝てる形勢と思われます。

    もっと明快な勝ちを目指すなら、△3一玉のとき▲2四角と出るのがよいようです。先手玉はかなり危ない形ですが詰みはなく、一方後手玉は▲4二角成と▲1三角成の両方の詰み筋を同時に受けるのが困難。△8七銀▲6七玉△5七金▲同角△同桂成▲同玉と角を外しても、飛先が通っている上に金を渡しているので依然として受けなしです。

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