将棋世界新連載『コンピュータソフト「やねうら王」と行く藤井将棋観戦ツアー』

現在発売中の月刊将棋世界2021年1月号より、『コンピュータソフト「やねうら王」と行く藤井将棋観戦ツアー』という記事の連載が始まっています。第29回世界コンピュータ将棋選手権に優勝したやねうら王(評価関数: 水匠2)を解析に利用して、藤井聡太二冠王の指した棋譜を分析・解説するというものです。著者(ガイド)は谷合廣紀四段。棋士であると同時に東京大学大学院博士課程に在籍し、自動車の自動運転技術を研究する人工知能研究者です。

第1回の記事の題材に選ばれた一局は、今年6月4日に指された、(先)永瀬拓矢二冠(当時)-藤井聡太七段(当時)の第91期ヒューリック杯棋聖戦挑戦者決定戦。10ページにわたる記事は、将棋世界誌の他の記事に比べて小さい字でぎっしりと指し手とその解説、コンピュータの読み筋と評価値が書かれている専門的な内容です。解説の構成は、急所の10局面で藤井七段が選んだ指し手に注目し、その手を選んだ理由をコンピュータが示す読み筋と評価値から谷合四段が推論し、解説するというもの。コンピュータの読み筋は人間には到底追いきれない分量であり、そればかり追いかけてもきりがありませんので、谷合四段がプロ棋士の視点から読者に伝わる言葉に換えることで、筋道を立てて読み進められる内容になっています。とはいえ通常の観戦記よりも指し手の記述が非常に多くなっていますが、文体は将棋世界誌の読者層にとって読み慣れたものに近くなっており、熱心な将棋ファンならぐいぐいと引き込まれる筆致といえるでしょう。

『コンピュータソフト「やねうら王」と行く藤井将棋観戦ツアー』は、人工知能技術が本格的な進歩を見せ始め、社会のさまざまな場面で存在感を示し始めた現代に新しく誕生した文学、といえるかもしれません。あるいは、これまで人間にしかできなかった思考の領域に人工知能が進出してきたことにより、人間の思考を補強しさらに向上させる新時代の思考のかたちを示しているのかもしれません。近年、複雑化する人工知能は、何を考えているのかわからない、得体の知れない「ブラックボックス」になるのではないか、と警戒する論説もさかんに行われるようになりました。しかしこの記事では、コンピュータ将棋が示す指し手と評価を人工知能研究者でもある谷合四段が的確に分析することによって、難解なトッププロ同士の将棋がきわめて論理的な筋道の立った流れで進んでいることを明らかにしています。これは人間とコンピュータの新しい協働ではないか、コンピュータ将棋の進歩は、将棋という題材の上で、人間とコンピュータの新しい関係を時代に先立って垣間見せているのではないか、という予感があります。当ブログ主もコンピュータ将棋の関係者として、また、一将棋ファンとして、第2回以降の『コンピュータソフト「やねうら王」と行く藤井将棋観戦ツアー』を楽しみに待ちたいと思います。

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