新刊紹介: ドキュメント コンピュータ将棋

当ブログにて昨夏にご紹介した ルポ 電王戦の著者、松本博文さんによるコンピュータ将棋の著作第2弾。出版社が異なるものの前作から1年たらず、好評につき矢継ぎ早の続刊…かと思いきや、続編という位置づけではない、とのこと。将棋の歴史に登場した、異端としてのコンピュータ将棋が、プロ棋士や将棋ファンの考え方や感情、価値観に及ぼすさまざまな影響。時には江戸時代の故事やしきたりにも言及しつつ、人間の感覚とかけ離れた指し手、投了をめぐる問題、必勝形となりながら入玉形になると途端に拙くなり引き分けに持ち込まれるさま、果ては訴訟に発展した筆禍事件などなど、広範囲のエピソードと多様な考え方を紹介しています。

しかしながら全9章の章立ての大半は電王戦の対戦カードであり、特に本書の中盤から終盤、電王戦FINALに登場する5人の棋士と5つのコンピュータ将棋の来歴にぐいぐいと引き込まれます。いかにしてここまで来たか、なぜ戦うのか、なぜ強くなれたのか、技術解説は大まかな概念レベルにとどまってはいるものの、それぞれの技能と情熱が両輪となって、最高レベルの将棋にまで登りつめるさまが描かれています。また、天才たちが紡ぐドラマ、という副題に現れているように、強くなる/強くする喜び、人との出会い、良きライバル同士が刺激し合い、またBonanzaストックフィッシュのソースコードなどを通じた技術交流と、そこにはきわめて社会的な、人間くさい姿があらわれています。その天才の中にも、5歳でプログラミングを始めた早熟な人から、人生の挫折を経験した後で始めた人まで、さまざまな姿があります。

電王戦FINALの対戦カードが決まってから本番まで、と限られた時間にもかかわらず緻密で正確な取材、また著者得意の将棋の図面や写真をあえて使わず文章のみで一気に読めるスタイルは、前作を引き継いでいます。著者が長年にわたって積み重ねた将棋についての知識と教養、そしてコンピュータ将棋選手権ネット中継を担当した蓄積に裏付けられた、付け焼刃では決して書けない内容。伝統技芸と最新技術の組み合わせをミスマッチでなくコントラストとして鮮やかに描き出しています。明日、終焉を迎える電王戦FINALの前に読み切るもよし、戦いの後でじっくりと振り返るもよし。ともあれ、前作に続いて是非皆さんにお読みいただきたい著作です。

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