Archive for 将棋

人智に迫るコンピュータたち

PC Onlineオフビジネス お天気キャスター 森田正光さんへのインタビュー記事「天気予報も将棋もコンピューターに負けちゃいそう。(page:2/2)」:

それは昔の話で、いまはコンピューターの数値予報が人間の経験知を上回っています。数値予報を人間が妙に直すと、かえって間違ってしまうんです。例えば、1990年11月30日に、観測史上最も遅い台風が紀伊半島に上陸しました。その5日前から、数値予報は上陸を予測していたんです。私は経験知から「まさか」と思い、そのことを新聞にも書きました。そしたら、コンピューターの予測通りに台風が来た。このときは本当にショックで、それ以来、私は数値予報の信奉者です(笑)。そして、数値予報にはむやみに触らず、その背景をわかりやすく解説するお天気キャスターになりました。

(中略)

24歳のとき、先輩に負けたのが悔しくて、将棋教室に通ってアマ三段まで取りました。たいていの人には負けないんですが、3年前に、「激指(げきさし)」という将棋ソフトに負けたときはものすごくショック。去年は、「ボナンザ」というソフトが渡辺明竜王と対戦しましたが、あの強さにもびっくりしましたね。悔しいけれど、天気予報も将棋も、コンピューターに負けちゃいそう。勝ち負けではなく、人間だからこそできることに目を向けるべきなんでしょうね。

気象のプロにとって、コンピュータの予報技術の進歩は間違いなく気象学の進歩であり、予報士の権威の失墜を意味しないことはいうまでもありません。森田さんにとってのXデーは、1990年11月30日だったのでしょうか。それはショックを受けた日ではあっても、失意の日、悲劇の日ではありません。

気象予測や将棋のように、コンピュータの実力が人間のエキスパートに迫る、あるいは追い抜くといった場面は、今後もっともっと多くの分野で見られる光景となるでしょう。ゲームの世界ではオセロやチェスがすでにその日を迎えて久しいですが、人間のエキスパートが地位を失うようなことは起きていません。8日前の9月4日に行われた、第7回情報科学技術フォーラムイベントとして行われた、コンピュータ囲碁のCrazyStone青葉かおり四段日本棋院)に挑戦した八子の置碁対局はCrazyStoneが勝ち、モンテカルロ碁の進歩を示しました。王銘逅ャ九段の見立てから推測する限りでは、CrazyStoneは八子置かせてもらったアドバンテージを早い段階で浪費してしまったのにもかかわらず逃げ切り勝ちを収めたようで、もしかするともっと少ないハンディキャップが妥当な手合なのかもしれません。とすればコンピュータ囲碁は、コンピュータ将棋以上の速度で進歩しているといえ、こちらの世界でもその光景が確実に近づいているといえそうです。王銘逅ャ九段もそのことを予期し、「万一、近い将来に碁のXデーを迎えたとしても、敵はしょせん完璧ではなく、つねにリベンジ可能です。そのときこそ、碁打ちが神の道を目指す本当の旅が始まる、と言えるかもしれない」と結んでいます。

身近なところでも、デジカメやプリンタが人物像を認識したり、高い精度のスパムフィルタがメールを仕分けたり、と、知能的な技術はいつの間にか広まっています。ロボットとして初めて2足歩行を実現したASIMOは今や走れるようになり、初音ミクはチューニング次第で人間顔負けの歌声を披露する…それらは人間を打ち負かすのではなく、人間との関係を深めるのでしょう。

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「情報処理」8月号に「コンピュータ将棋は止まらない」

情報処理学会会誌「情報処理」2008年8月号に、第18回コンピュータ将棋選手権の報告が掲載されています。コンピュータ将棋選手権は今や「情報処理」のレギュラー記事になっており、昨年も当ブログにてご紹介いたしました。しかしながら、昨年が5ページの単独記事だったのに対し、今年一昨年以来のミニ小特集となっています。えらく小さい特集かと思いきや、一昨年の20ページを超える26ページの特集。冒頭の記事のタイトルには、Xデーの文字が躍ります。

今回の特集は現役プロ棋士の寄稿が2本立てで、IT研究者や技術者だけでなく将棋ファンにも読んで欲しい内容になっています。日本将棋連盟理事の中川大輔七段が、第18回コンピュータ将棋選手権の4日後の公式戦で棚瀬将棋が指した手を採用して勝利を収めたことは、将棋ファンの間でもすでに有名になっていますが、中川七段がその心情を解説記事で語っています。ご本人による述懐は将棋関係のメディアを含めても初めてかも? 主な内容は、その手が指された将棋を含む、棚瀬将棋vs加藤幸男さん、激指vs清水上徹さんの2局のエキシビション対局の解説です。もうひとつは安食総子女流初段による総評で、こちらは実は一昨年に続いて2年ぶりの寄稿。その実直な内容が2年間でどのような変化を見せたか、読み比べてみてはいかがでしょうか。

情報処理学会会員でない方は、オンデマンドサービスで購入されるか(追記あり)、あるいは「情報処理」が置かれている図書館ないしは書庫をご利用ください。情報系の学部のある大学や高専等の図書館には置かれている可能性が高いでしょう。また情報系の職場にお勤めの社会人の方は、職場の書庫に置かれているかどうか一度お確かめください。

将棋ファン向けの情報ばかり紹介してしまいましたが、さすがに学会誌だけあって、分量的にはコンピュータ将棋の技術に関する論文が主となっています。優勝した激指、準優勝の棚瀬将棋の開発者自身による解説が掲載されていますので、コンピュータ将棋開発者は無論必読。ほか、A級リーグ指し手1号はオリジナルハードウェアということで写真入りの紹介。そしてXデーについては、思い入れに満ちた予測記事が学術誌の中で異彩を放っています。何やら思わせぶりなお話も書かれていますので、噂好きな方も是非ご一読を。

追記(8/23): オンデマンドサービスは記事個別のPDFファイルの販売のみとなっておりますので、雑誌を購入される方は、情報処理学会ウェブサイトの図書購入のページから図書購入・連絡フォームに入り、必要事項を記入して、「情報処理」 Vol.49 No.8をご注文ください。図書購入のページにあるとおり、会員番号等の入力は割引購入のためのものですので、非会員でも購入可能です。税込定価1,680円ですので、オンデマンドサービスで記事を3通以上購入するよりも安くなります。

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お知らせ: 第2回UEC杯5五将棋大会

長らくご無沙汰してしまっておりますが、当ブログは夏眠しているわけではありません。今回は、昨年第1回が行われたUEC杯5五将棋大会第2回開催を紹介いたします。実は開催自体は2ヶ月以上前に発表されていて、そのときは紹介しそびれたのですが、このたび公式ページができたのを機会に改めてお知らせいたします。

今年昨年より少し遅めの12月開催。前後のUEC杯コンピュータ大貧民大会UEC杯コンピュータ囲碁大会に挟まれて連続して行われること、人間部門COM部門KIDS部門の3部門構成で行われることは前回と同じ。最後に行われるUEC杯コンピュータ囲碁大会は今やコンピュータ囲碁の世界で随一の大きな大会なので、それに向かって盛り上がる雰囲気もUEC杯5五将棋大会で味わえるかもしれません。

以前も書きましたが、9x九の将棋がプロをも追い抜かんばかりに強くなった今でも、コンピュータにとって5五将棋なんて簡単、などと必ずしも気軽に言える段階ではまだないようです。とはいえ、本腰を入れれば神の領域にかなり近づけそうな気がすることも確か。雲の上の雰囲気を垣間見てみたいコンピュータ将棋開発者にはお奨めかも?

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モンテカルロ囲碁と5五将棋の講演会

旧記事にて紹介いたしました、エンターテイメントと認知科学研究ステーション第5回講演会旧記事からリンク先が変わっています)には、公開・無料・事前申込不要だったこともあり、専門的な内容にもかかわらず数十人の聴講者が訪れました。コンピュータ将棋開発者も多く集まり、名古屋から遠征されたGA将!!!さんの詳細なメモをはじめ、ym将棋さん、A級リーグ指し手1号さん、WILDCATさん、みさきさん、棋理さんが、当日の模様をブログに書かれています。

追記(6/21): みさきさん、棋理さんを追加しました。

3件の講演のいずれも、第5回講演会のページから各発表資料にたどれますので、当日来られなかった方もご覧ください。内容について詳細に示されています。プログラムの通り前2件は将棋でなく囲碁がテーマでしたが、コンピュータ将棋開発者の皆さんの多くは最初から聴講されていました。山下さんがコンピュータ将棋の雄であることもありそうですが、やはりモンテカルロ木探索のインパクトはコンピュータ将棋界にとっても強烈なのでしょう。美添さんが「プログラミングの労力が少ない」、山下さんが「4ヶ月でGnuGoを遥かに追い越した!」と述べられているように、比較的短期間で開発できそうなところが「コンピュータ将棋の合間にコンピュータ囲碁もやってみようか」と思わせるのかもしれません。今週末に開催される2008年CGF特別例会、すなわちコンピュータ囲碁大会にも、コンピュータ将棋開発者としておなじみの方々が4人おられますね(当ブログ主も週末に見学に行く予定です)。あるいは、この技術をコンピュータ将棋にも使えないか、という考えからかも。

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理論編: 双方連続王手の千日手は成立するか?

やねうらお-よっちゃんイカを買いに行くのは控えてコンピュータ将棋に人生を捧げる男にて、双方連続王手の千日手は成立しないという記事が掲載されています。コンピュータ将棋との関連があまりなさそうではありますが、これが成立するかどうかでコンピュータ将棋や対局サーバのアルゴリズムに若干の影響がある、ということで、当ブログでも採り上げてみます。

先手と後手の双方が王手を続ける形での千日手手順は成立しうるか、という命題は昔から知られており、ほとんど間違いなくそのような手順が生じうる局面はありえない、と信じられています。仮にそのような手順が成立してしまうと、「連続王手の千日手は連続王手を行う側が手を変えなければならない」というルールにより、先手・後手が同時に反則負けの条件を満たしてしまう可能性があることになってしまいますので、ルールの整合性にも影響する問題です。

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