直前企画: 世界コンピュータ将棋選手権の順位決定方式

第18回世界コンピュータ将棋選手権がいよいよ4日後に迫ってまいりました。ここで本番直前の展開予想を…という感じのイントロを入れるとスポーツイベントっぽいんですが、ここはコンピュータらしくちょっと理屈っぽく、選手権のリーグ戦方式について説明することにします。渋い話題ではありますが、この順位決定方式は、コンピュータやゲームがお好きな方、あるいは将棋大会に参加される方、運営される方にとっては、知っておきたいテーマ、もしくは頭の体操にうってつけのテーマであると思います。世界コンピュータ将棋選手権のルールの項にも説明がありますが、ここではその意味を重視して述べます。

現在の選手権は、1次予選、2次予選、決勝リーグが計3日間にわたって行われ、各段階はそれぞれ7回戦、9回戦、7回戦のリーグ戦となっています。1次予選、2次予選は、それぞれ翌日以降への出場権をかけた(変形)スイス式トーナメント、決勝リーグは優勝から8位までを競う総当たり戦が争われます。スイス式トーナメントを採用したプロ棋戦がないため、将棋ファンには馴染みが薄いかもしれませんが、一部のアマチュア大会では採用されていますのでご存じの方も多いでしょう。チェスなどで特にポピュラーな方式です。

1度負けたら終わりのノックアウトトーナメント方式と違い、リーグ戦はより実力にふさわしい順位を決定することができます。ここで問題になるのは、同じ勝数同士の選手の順位をどのように決めるか、というタイブレーク・システムです。わかりやすいタイブレークとしては、同順位同士で延長戦を行うことが考えられますが、運営スケジュールが大変ですし、また決定戦を行ったからといって公平な結果になるとも限りません。そのため世界コンピュータ将棋選手権では、下記の順に点数を計算し、点数の高い順に上位とします。以降は、別ウィンドウで歴代の選手権の順位表を見ながらお読みになるのがわかりやすいでしょう。

  1. 勝数
  2. 勝ち星の数が多い選手を上位とします。千日手による引分は0.5勝と数えます。これはごく普通ですね。

  3. ソルコフ
  4. 勝数が同じ選手同士に順位をつけるため、各選手において、対戦してきたすべての選手の勝数の合計を計算し、この値の大きな選手を上位とします。この数値のことを、人名をとってソルコフ、もしくはSOS(Sum of Opponents’ Scores)などと呼びます。つまり、同じ勝数でも、対戦相手が総じてよい成績であった場合の方がより困難であり、したがってそのような選手の方がより強いと考えられる、というわけです。
    説得力のありそうな数値ですが、ここで重要な情報をひとつ。ソルコフは対戦相手の強さを表す指標ですので、全選手が同じ条件で対戦する総当たり戦ではソルコフによる優劣は生じません(より正確に言うと、同じ勝数のときのソルコフの値は常に一定になります)。したがって決勝リーグの順位は、次のSB以降の数値に常に委ねられます。

  5. SB
  6. 勝数もソルコフも同じ選手同士に順位をつけるため、各選手において、対戦してきた選手のうち勝った相手の選手の勝数の合計を計算し、この値の大きな選手を上位とします。この数値のことを、人名をとってSonneborn-Berger、もしくはそれを略したSB、あるいはSODOS(Sum Of Defeated Opponents’ Scores)などと呼びます。この数値は、下位に負けることもあるが上位に勝つこともある、という選手にとってより有利に働きます。
    大物食い傾向の選手を優遇する理由は何か、というとなかなか難しいのですが、勝数の多い状態からさらに勝数を増やすことがより多くの実力向上を必要とする、という仮説をひとつ挙げておきます。つまり、0勝と1勝の実力差よりも、1勝と2勝の実力差の方がわずかに大きい、と考えれば、好成績者に勝つことがより価値の高いことであるといえるでしょう。
    なお、引き分けた相手、すなわち0.5勝を挙げた相手の勝数の半分をSBに加えるか、それとも引分を対象外とするか、の2通りの計算法が考えられますが、世界コンピュータ将棋選手権は引分不算入、すなわち勝った相手の勝数のみをSBに算入しています。世界コンピュータ将棋選手権ではこの点に限ってのみ、1勝1敗が2引分よりも有利となります。

  7. MD
  8. 勝数・ソルコフ・SBまでもが同じ場合、各選手において、対戦してきた選手のうち勝った相手の最上位と最下位以外の選手の勝数の合計を計算し、この値の大きな選手を上位とします。この数値をミディアム(英単語としては ‘median’ の方がよりふさわしいようですが)、もしくはMDと略します。早い話が、SBの中間値版ですね。
    SBよりもより中央に近い値、すなわちスイス式トーナメントの中心部分に関する成績を重視します…と言ってしまうと、何だかSBの考え方と矛盾するようでもあり、悩ましいところですね。2勝以下の選手のMDは常にゼロとなり、したがってMDで優劣を決定することはできません。

  9. 同順位間勝ち越し数
  10. MDでも決着がつかなかった選手同士は、直接対決を重視する方式で順位を決めます。具体的には、未だ順位が決まっていない同士の選手を全員集め、その中の対戦だけの成績表をつくり、その成績表の中で勝ち越し数が多い選手を上位とします。
    直接対決で決める方式は、サッカーの国際試合などスポーツではおなじみの方法で、ソルコフなど多くの対戦相手に影響される指標よりも普及しています。それがスイス式トーナメントであまり重視されない理由はおそらく、直接対決が行われるとは限らないことでしょう(もちろん総当たり戦の場合は必ず直接対決があります)。世界コンピュータ将棋選手権では勝ち越し数を比較しますので、たとえば対戦なし、1引分、1勝1敗などはすべて等しいとみなされ、したがって同順位間成績でも決着がつかないことになります。

  11. 事前順位
  12. ここまで来てしまった場合は、リーグ戦の結果による優劣の決定をあきらめ、リーグ戦開始直前までの事前順位を事後順位に採用します。このルールが採用されるもっとも可能性の高そうなケースは、決勝リーグで上位2選手が6勝1引分で並ぶ場合、すなわち2選手が直接対決を引き分け、それ以外を全勝した場合でしょう。順位が重視されるプロ棋戦と異なり、オープンな競技会である世界コンピュータ将棋選手権で前年度順位が今年度順位を決定してしまうような事態になると、物議をかもしそうです。さすがに激戦の決勝リーグで無敗のチームが2つ、というのは実現しづらく、世界コンピュータ将棋選手権の優勝が事前順位で決まった前例はありません。

ほとんどの場合、SBまでに順位が決まりますので、それよりも優先順位が低い指標については厳密に覚える必要はないでしょう。

ところで、以上のような順位決定方式が果たしてベストなのか、非常に気になるところですが、これは考え方次第でいかようにも解釈できますので、当ブログとしては何とも言えない、とだけお答えしておきます。実際、他にも多数の計算方式が考案されており、たとえば囲碁界では、SOSOS(Sum Of SOS)、すなわち、SOS=ソルコフをさらに総和した数値がSOSの次の指標として用いられることが多いようです。つまり、対戦相手の強さを表すSOSが互角のとき、SOSの計算の根拠になっている勝数をSOSでさらに評価することでより厳密な評価を行っていることになり、なるほどこれはSBより説得力のある指標かも。この方式の難点は計算が大変そうなところですが、世界コンピュータ将棋選手権はコンピュータが自動集計していますので、SOSOSOS(Sum Of SOSOS)あたりまでを計算することにしてもほとんど手間はかかりません。ただし、これらはソルコフと同様の理由により、総当たり戦では使えません。応用として、SODOSOSとかSOSODOSなんてのも考えられますね。なお、この名前はあまりに長いので、当ブログとしては、SOSOSを2次ソルコフ、SOSOSOSを3次ソルコフと表現することを提案したいと思います。

また、全米チェス連盟では、勝ち越し、指し分け、負け越しの各選手ごとに不算入の対戦相手を変更する修正メディアンをソルコフよりも優遇することを推奨しているそうです。MDがSBの中間値版とすれば、これはソルコフの変則中間値版といえます。理論的背景は非常に複雑そうですが、2勝以下で使えないという欠点がない分、全対局者対象の中間値の方がMDより合理的にも思われます。第18回選手権が終わったら、どなたか一度、GPWGI研究会でさまざまな指標の妥当性評価の結果を発表してみませんか?

さて、やっと順位決定法の説明が終わりました。スイス式トーナメントは、できるだけ近い成績の選手同士を対戦させることで妥当な結果を導こうとします。世界コンピュータ将棋選手権では、通常のスイス式トーナメントをやや柔軟に運用する変形スイス式トーナメントを採用しています。対戦相手の決定法にもいろいろな規定があるのですが、順位決定の説明だけですでに非常に長い記事になってしまいましたので今回はここまで。これをお読みになった皆様、第18回選手権は、点数を皮算用しながら途中経過をお楽しみください。

5 Comments »

  1. 小宮 said

    >スイス式トーナメントは、できるだけ近い成績の選手同士を対戦させることで妥当な結果を導こうとします。

     俗に言う、表街道、裏街道って奴ですね?(^^;

  2. >俗に言う、表街道、裏街道って奴ですね?(^^;

    そんな話もありますね。
    裏街道も終盤になると強い相手との対戦が続くはずなのですが、結果のソルコフが低めになる傾向は確かにありますので、その分対戦相手に恵まれている可能性はありそうです。この現象が有意に観察できる、という研究結果が確定すれば、対戦アルゴリズムを再検討すべきかもしれません。

    対戦アルゴリズムについては、また来年(笑)。

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